昭和時代(高度経ざい成長期)
里山にも次第に緑がもどってくるようになりましたが、1960年代のはじめになると、燃料の主役が石油やプロパンガスに変わってきました。
新しい燃料は、炭焼きのような苦労をしないで得られて、燃料としても優れているので、都市はもちろん、農村にまでふきゅうするようになったのです。
水田の肥料も、簡単に手に入って効果も高い化学肥料に変わっていきました。
こうして里山は人々から見捨てられ、やがて住宅地やゴルフ場などに姿を変えてしまうようになったのです。開発されなかった里山も木々が伸び放題になり、人々が近づかなくなってしまいました。








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